ログ・ホライズンTRPGシナリオ:身内用トレーラー草稿

最初に感じたのは、潮の香りだった。
次いで、むせ返る緑の匂い。樹々の隙間から薄く差し込む日差し。
雲は渦巻き、風は湿り気を帯びていて、嵐の到来を予感させる。
カモメが遠くで鳴き、樹々は風にたなびきざわめきを返す。
苔むす参道を二本の脚で踏みしめて、自らの息遣いすら感じ取れる。
どんなゲームも敵わない現実感を持って、君たちはここにいる。

この世界はゲームではない。

ついさきほどまでは、いつもの光景だった。
自室のパソコンの前に座ってディスプレイを眺め、せわしなくキーボードとマウスを操作する。余暇に老舗MMORPG〈エルダー・テイル〉を遊ぶ、ごく標準的な現代人。胸にあったのは期待だ。新拡張パック〈ノウアスフィアの開墾〉が適応される日だから、新たな出会いと冒険に胸を高鳴らせたことだろう。

君たち――正確には、画面の中の君たちのアバターは、冒険者のホームタウン・アキバから南に約35km(現実の地球に換算して約70km)離れた〈クリーク・アイランド〉で狩りをしていた。現実時間で徒歩30分、馬などの移動手段を用いればもっと早いとはいえ、なかなかの遠出だ。
〈クリーク・アイランド〉のエリアレベルは57。90レベルになった君たちにとっては経験値すら稼げないエリアだが、このエリアのレアドロップ〈五色雲の小角〉は高レベル革製品製作に必要で、希少性も有用性も高い。君たちは自らが必要としてか、あるいはフレンドに頼まれ、〈五色雲の小角〉を求めて野良パーティを組み、ここ〈クリーク・アイランド〉で長閑に狩りを楽しんでいた。

そんなときのことだ。
暗転。意識の消失。覚醒。
気付けば、ここにいた。

ファンタジー世界の冒険者のような衣装をまとう、アバターに設定したとおりの外見をした自分自身。どこまで仔細に観察してもポリゴンやドットの見えない手や足や鎧や地面。現実そのものとしか思えない圧倒的な風景。五感すべてが、ここが現実だと告げている。何より、ここは〈クリーク・アイランド〉だ――ディスプレイの中にいたアバターが立っていた場所だ。

唖然と佇んでいるそのとき、背後から草むらを掻き分ける音がした。
――この世界はゲームではない。ならば、ならば、……

本当の冒険が、いま、始まる。

TIPS:
〈クリーク・アイランド〉
冒険者のホームタウン・アキバから南に約35km(現実の地球に換算して約70km)離れた、小島のエリア。山間部・浸食洞窟・折れた灯台跡・古参道・岩くれ海岸から構成される。引潮のときは本島と地続きになり、満潮のときは本島と分断される。現実世界での江ノ島に相当。本島側の海岸沿いには漁村カタセがある。
エリア・レベルは57。修験者の聖地として知られ、古来種の武人たちが好んで修行に利用していたところ、突如現れた〈五頭龍〉が災厄をもたらす、というクエスト設定が存在する。レアドロップ〈五色雲の小角〉は現在でもわずかながら需要がある。

〈クエスト:クリーク・アイランドの五頭龍討伐〉
初期の拡張パッケージで追加された一連のパーティクエスト。ヤマトサーバの人気ホームタウンであるアキバからの近さ・難易度のわりに美味しい稼ぎ・異様なグラフィックが印象的なクエストボス〈撒き散らすものサザボイル〉といった要素により、追加された当初はエンドコンテンツとして人気クエストだった。現在でもアキバをホームタウンとする中堅冒険者が挑む定番クエストだが、後続コンテンツによりその魅力は相対的に薄れている。レベル90である君たちは、すでにクリア済みだ。